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| 2008/05/06更新・求人件数:18件 | 毎週火曜日更新 |
HOME>HOPコラム>働き方を選べば、仕事はもっと楽しめる 人生を有意義に変えた仕事

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いまむら ただしさん |
15歳 養成工として社会人に。以後、製造業3社に勤務 ▼ 24歳 雑貨屋へ就職し、ミニコミ誌創刊。 ▼ 29歳 フリーのライターとして活動開始。 |
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昔は、企業が技術系の幹部を養成するために、給料を払いながら、仕事と学業の両方を学ばせる『養成工』という制度がありました。僕も中学を出て、日本製鋼所に養成工で入社し、午前中は勉強、午後は工場で働きました。さらに終業後、呉三津田高校の定時制に通い、早朝は牛乳配達もしていました。若かったですね。(笑)。5年後退職して、三菱重工業名古屋航空機製作所へ2年、広島に帰ってマツダへ2年勤務。
しかし、漠然と「物書きになりたい」という思いがあり、マツダを退職。雑貨屋で働きながら、そのお店のミニコミ誌を作り始めました。そんな僕を広告代理店の支店長が見ていて、「うちに来ないか」と誘ってくれたのが24歳の時。転職後、仕事の傍ら月刊のミニコミ誌を創刊。会社は1年で辞めましたが、ミニコミ誌は百号まで出し続けました。そして、人生の転機になったのは、29歳で行ったインド旅行です。 |
![]() 転職する時、僕は仕事に就かない空白の期間を作っていました。僕の場合、空白の時間は旅です。インド旅行では、人生観が変わりました。空白が無いと、給料や待遇など余計な意識に影響され、安易な選択をすると思ったのです。実際に空白を持つと分かりますが、雑念が消えていき、最後は「どう生きたいのか?」までハッキリします。エネルギーも貯まるので、お勧めです。
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![]() 僕は養成工という全く違う職業から゙物書き=フリーライター゙という憧れの職業に就くことができました。その理由は、他人が見ていなくても、絶えず自分のスキルアップを計ったことだと思います。だから、チャンスが素通りしなかった。そう思える体験が一杯あります。雑貨屋時代、広告代理店に誘われたり、大手広告代理店から突然仕事をもらったり。僕が知らなかっただけで、評価してくれる人はいたんです。そういった経験を積み重ねて56歳になった今、誰だって「夢は叶う」と信じています。キーワードは、「努力を怠らない」ことと「自分を満たすように、他人を満たしたいという心」でしょうか。 最近僕は、日本人のアイデンティティを取り戻す仕事をしたいと思っています。例えば、古来から受け継がれてきた日本人の魅力など。次の世代が自信を持てるような仕事をしたいですね。そして、自分がチャンスを与えられたように、今度は周りの人にチャンスをあげられれば、と思っています。 |
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